古くはビデオ録画規格のVHS対ベータマックスや、その後のブルーレイ対HD DVD、またブラウザ戦争と呼ばれたインターネットエクスプローラー対その他ブラウザなど、これまでさまざまな分野でデファクトスタンダードを巡る企業間の争いが繰り広げられました。本記事では、デファクトスタンダードが市場や企業にとってどのような意味を持つのか、上記のような企業間競争がなぜ発生するのかなどについて解説します。
デファクトスタンダードとは
新規市場などでは、複数の規格が乱立してしまうことが多くあります。その状態から市場原理などによって事実上の標準となった規格が「デファクトスタンダード」です。「デファクト」とは「事実上」という意味を表すラテン語。特に公的に認められた規格ではありませんが、どの規格が標準となるかによってその市場に参画する企業の収益性に大きく影響するため、デファクトスタンダードを巡る企業間の争いが繰り広げられる場合もあります。
対義語「デジュールスタンダード」とは
デファクトスタンダードの対義語が「デジュールスタンダード」です。デジュールは「法律上の」という意味を表すラテン語で、公的機関や標準化機関などによって正式に認められた規格のことを言います。正式な規格ですので安心して採用できるのがメリットですが、反面、認証などに時間がかかるケースがあるために、技術革新のスピードに追従できない場合があります。デジュールスタンダードの代表的な例が乾電池。世界中どこでも同じ規格のものが購入でき、安心して利用できます。
デファクトスタンダードとして認められる規格とは
市場競争に勝利した規格
新しく形成された市場では、特に複数の規格が乱立することが珍しくありません。新規市場では、標準化よりも技術的に優れていたり、特徴のある規格が求められるため、各社が独自技術で開発を進めることになります。それが急速な技術進歩を促すことにはなりますが、市場が成熟していくに従って徐々に規格が統一されていきます。そこでの統一規格は、参入している企業の意向や消費者の動向などによって決まるケースが多くあります。そして最終的に参入企業間での競争原理や市場原理などによって勝ち抜いた規格が、事実上の標準であるデファクトスタンダードの座を獲得することになります。デファクトスタンダードの座を得た企業や企業群は、現時点での市場の勝利者と言えるでしょう。
複数企業で連携して策定された規格
市場原理や競争原理で決められていくデファクトスタンダードでは、必ずしも最も優れた規格が選ばれるわけではありません。より多くの参入企業の同意を得たり、消費者やユーザーの賛同を得ることがその規格をデファクトスタンダードにするための近道になります。 新規市場が成熟していく段階で、それまで乱立していた規格を、統一していこうという動きが徐々に活発になってきます。その際、複数の企業が協力して規格を統一していく場合が多く見られます。標準化機関による認証などを待っていては市場の変化や技術革新に柔軟に対応できないため、参入企業同士が積極的にデファクトスタンダードを作ろうとします。特に技術の進歩が速い情報通信分野ではそのような状況が顕著に現れます。
デファクトスタンダードの具体事例
具体事例① Windows OS
デファクトスタンダードの代表例と言ってまず思い浮かぶもののひとつが「Windows OS」です。今ではパソコン向けOSのデファクトスタンダードとして不動の地位を獲得しているWindows OSですが、最初から標準OSであったわけではありません。実はWindowsよりも先行していた「Mac OS」のほうが優れたOSだという評価を受けていました。しかし、パソコンや搭載するCPUを製造するメーカーとの連携に長けていたWindowsが大きな市場シェアを獲得し、最終的にデファクトスタンダードとなりました。
具体事例② Microsoft Office (現:Microsoft 365)
表計算ソフトやワープロソフトなどを含むいわゆるオフィススイート分野でのデファクトスタンダードと言えばやはり「Microsoft Office」でしょう。オフィススイート分野も、最初から統一されていたわけではありません。従来は数多くの表計算ソフトやワープロソフト、またオフィススイート製品が存在していました。しかしデファクトスタンダードでもあるWindows OSとの相性の良さや、Microsoft Officeがプレインストールされているパソコンを積極的に展開するなどして、デファクトスタンダードの地位を確立していくことになりました。
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具体事例③ TCP/IP
インターネット上での通信プロトコルのデファクトスタンダードとなっているのがTCP/IPです。元々は、インターネットの前進であるアメリカ国防省の通信ネットワーク「ARPANET」がTCP/IPを採用していました。その後、ARPANETがインターネットに進展していくなかで、通信機器の多くがTCP/IP通信に対応するプログラムを搭載。これによりインターネット上での事実上の標準プロトコルとなりました。
具体事例④ USB端子
パソコンの普及が急速に進みつつあった1990年代には、さまざま入出力インターフェースが存在しました。接続する外部機器などの種類によってインターフェースが異なるのが当たり前の時代でした。1996年に登場したUSB(Universal Serial Bus)は、汎用性の高さやコネクターのコンパクトさなどを背景に利用が進み、その後デファクトスタンダードとなりました。今では外部機器はUSB接続が当たり前になっています。さらに、当初のUSB 1.0から現在のUSB 3.2まで、転送速度などの機能強化を繰り返しつつ正常進化しています。
具体事例⑤ DVD・ブルーレイ
ビデオテープ時代の録画再生のデファクトスタンダードと言えばVHS形式でした。ベータマックス方式とのデファクトスタンダードの位置をかけての争いは有名な逸話となっています。しかし、記録媒体がビデオテープから高容量の光ディスクに替わるのに伴い、記録方式もVHS方式からより高画質なDVD方式に取って代わられることになりました。さらに現在では大容量かつ高画質のブルーレイ方式がデファクトスタンダードとなっています。このように技術の進歩や市場動向などによってデファクトスタンダードが変化していく場合も少なくありません。
デファクトスタンダードのメリットとは
メリット① 安定した市場成長が望める
標準規格となるデファクトスタンダードがない市場ではさまざまな規格が乱立します。これにより製造メーカー側も多くの異なる規格の製品を開発しなければならなくなり、開発リソースが集中できません。また消費者側から見ても、どの規格の製品を選べば良いのか迷ったり、将来的にどれが標準規格になるのかがわからないために買え控えなども起ってしまいます。一方、デファクトスタンダードが決まってくると、製造メーカーの開発リソースが集中できることで、より安くて高性能の製品が市場に現れてきます。消費者も安心して製品購入ができるので、安定した市場成長が望めます。
メリット② 事業の優位性を保ちやすい
自社が開発または関与した規格がデファクトスタンダードとなった場合、競合他社の市場参入を一定以上防ぐことができます。このため自社で価格や流通などをコントロールしやすくなり、高い収益性を保つことができます。また、デファクトスタンダード以外の規格を採用するのは実質困難ですので、自社の規格を採用する顧客が他社の規格に乗り換える可能性も低くなり、顧客の抱え込みが可能になります。さらに市場で主導的な立場を維持することができれば、次世代の標準規格決定などにもイニシアティブを発揮して、長期にわたり市場を牽引していくことができます。
メリット③ 特許使用料を得られる
標準規格となるデファクトスタンダードを採用しなければ実質的にその市場に参入できません。そのため、仮に特許使用料が必要な場合でも多くの企業が採用することになります。自社の特許技術がデファクトスタンダードに採用された場合、その際の特許使用料を得ることで多くの収益を上げることができます。デファクトスタンダードは短期間で激しく入れ替わることもあまりありませんので、ある程度中長期的な収益を得られることも魅力です。
デファクトスタンダードの注意点とは
注意点① 市場独占への批判
自社の技術や規格がデファクトスタンダードとなることで、対象市場において優位性を発揮して高い収益を得ることが可能です。しかし反面、限られた企業で市場を独占しているように解釈される場合があます。これにより健全な市場形成を妨げているとして世間から批判を浴びたり、極端な場合は独占禁止法に抵触しているとの嫌疑を掛けられてしまう場合があります。標準となっている規格を他社が利用する際に極端な制限や条件を設けたり、標準規格の決定プロセスが閉鎖的になったりしないように配慮し、上記のような批判や嫌疑を受けないように配慮することが必要です。
注意点② 特許侵害などの権利関連のトラブル発生
デファクトスタンダードが成立している市場においても、同一市場内では多くの企業が似たような技術を使用していることが多いでしょう。そのような状況下では、各社が意図する/しないに関わらず、特許権の権利侵害を犯す恐れがあることを認識しておく必要があります。また、自社の持つ特許権を侵害される場合と、逆に他社の権利を侵害する場合の両方の可能性があることに留意しなければなりません。特許権などの知的財産権の解釈には専門的な知識が必要です。もし上記のようなリスクが具体的に存在するのであれば、自社内にノウハウがない場合は外部の専門家などに早めにアドバイスを受けるのが得策でしょう。
注意点③ 消費者の利便性や選択肢を損なう可能性
必ずしも技術的に優れた規格がデファクトスタンダードになるとは限りません。従ってデファクトスタンダード以外で優れた規格が存在しても、互換性などの問題でそれを消費者が選択しにくくなってしまう恐れがあります。また、技術的な優劣に関わらず、消費者の選択肢がより広いことが一般的には健全な市場を形成することにつながります。デファクトスタンダードによってそのような選択肢が極端に制限されてしまわないよう配慮することが、中長期的な市場成長を促すことになるでしょう。
まとめ
デファクトスタンダードとは、公的な認証を得てはいないが事実上の標準となっている規格のことを言います。市場原理によって決められたり、複数の企業が連携して策定してく場合などがあります。デファクトスタンダードはパソコンのOSやネットワーク手順、動画の記録方式などのさまざまな分野におよびます。安定した市場成長が望めたり事業の優位性を確保できるというメリットがありますが、反面、市場独占に対する批判を受けたり、消費者の利便性を損なう恐れがあることを認識しておく必要があります。
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この記事の執筆者:岩瀬(マーケティング本部)
人材会社にシステム職として入社し、サービスのシステムインフラを構築・運営を経験後、営業支援業務やマーケティング業務に関わる。2022年ドリーム・アーツに入社。